足早に近づいて、丸い窓を覗く。
ぼんやりと外を眺めている貴方と、目が合った。
いつ見ても美しいその姿。
今日は、水中で縦になって停止されている。
こんにちは。お久しぶりです。
「おう。いま休憩中だ。悪いな。」
いいえ。お休みの時間にお邪魔してごめんなさい。
同居の方も休憩中。
水槽の底近くで、水平になって休まれている。
時折、水平のまま水面までゆっくり浮上。
酸素を補給して、また同じ深度へ戻っていく。
生命維持に必要な、最低限の動きだ。
平日の水族館。
オフシーズンで来館者は少ない。
入口から遠いこの水槽には、ゆったりとした時間が流れている。
高い知能を持つ貴方たち。
僕なら、家族や友人たちと一緒に大海原を自由に泳ぎ回りたい。
半円形の水槽で人間に見られて生きる一生なんて、耐えられない。
ごめんなさい。いつも退屈ですよね。
「いや、そうでもないさ。」
階段を降りた先。
この水槽が壁一面に見える地下エリアに、小さい女の子が2人、走って来た。
白い襟のついた赤いワンピースが2つ、水槽に張り付く。
パパとママも歩いて来た。優しい微笑み。
いい家族だな。
「ちょっと、行ってくる。」
静止していた貴方が、ゆっくりと女の子の前へ泳いで行く。
気付いたお姉ちゃんが、何か話しかけてる。
妹の目は貴方に釘付けだ。
寝起きの頭を揺り起こすように、ゆっくりと泳ぐ。
周回しながら、少しづつ身体をほぐしていく。
泳ぎながら、左に一回転。
徐々にスピードを上げる。
ターンの切れが鋭くなっていく。
ギアを上げて、ついに全開モード。
小さい彼女達がよく見えるように、水槽の一番下を右に左に往復を繰り返す。
2人の前に来ると、顔を上下にクイクイと動かしてご挨拶。
もちろん、二人は大喜びだ。
笑顔で飛び跳ねて、手を叩いて、
ママの顔を見て、また笑う。
天国のような時間。
「喜んでくれると嬉しいよ。」
そうか。そうですよね。
最近、何か大切なことを忘れかけているような気がして、会いに来たんです。
やっぱり、来てよかった。
現場を離れて本社で仕事に追われる時間が長くなると、お客様の顔が見えなくなる。
働く場所は違っても目的は同じ。
この仕事の先に、喜んでくれる人がいる。
これをやり切れば、利用者がもっと笑顔になってくれるんだ。
そう思えば、まだ頑張れる。
ありがとうございます。
忙しさやストレスで大事なものが見えなくなったら、貴方を思い出します。
また、会いに来てもいいですか?
(2000年 36歳)
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