朝、大人たちがひそひそと話す声で、目が覚めた。
僕を起こさないように運び出そうとしている。
面白かったので眠ったふりをしていると、
布団のまま板に乗せられて、駐車場の小屋に運ばれた。
家より寒いな。
とか思ってるうちに、また眠っていた。
起きて家に帰ると、1年前に入院したお父さんが帰って来ていた。
布団で、眠っている。
「触ってごらん。まだちょっと暖かいから。」
お母さんの言葉の意味はわからなくて
「やだ。」
と言った。触らなかった。
「今日は、小学校へ行かなくていいからね。」
行かなくていいの? 熱ないけどな。
近所の人が、いつもより僕に優しい。
隣のおじさんが、キャッチボールをしてくれた。
大人の男の人と遊んだことなかったから、嬉しかった。
ボールを投げてはしゃぐ僕を見て、泣き出す人がいた。
僕の家は、床屋さんだ。
去年、僕が1年生の時。お父さんが入院してからは、お母さんが一人で働いてる。
料理と洗濯は、6年生のお姉ちゃん。
僕も、掃除とか雑巾がけとか、お手伝いをしてる。
キャッチボールの後、家に帰ると、お父さんが木の箱に入っていた。
お母さんが、箱を開けて、キスしている。
泣いてる人がいる。
黒い服の人がたくさん来て、家がいっぱい。
白いシャツと黒い半ズボンに着替えて、一番前の座布団に正座した。
正面に、お父さんの写真。
お坊さんがお経を読みはじめたら、お姉ちゃんが泣き出した。
僕もなんだか悲しくなって、泣いた。
位牌を持って、バスに乗る。
一番前の席が嬉しくて、飛行機みたいに「ブーン」って遊んだら、
お母さんが黙って僕の手を押さえたので、やめた。
バスを降りると、知らない建物。
お父さんの箱が、ゴロゴロと押されて行く。
お坊さんのお経が終わって、銀色の扉が開くと、急に、
お母さんが木の箱に取り付いて、大声で泣き出した。
「やだよ~!○○さん、やだぁ~!」
お父さんの名前を呼んで、泣き叫んでいる。
数人の大人がお母さんの肩を抱いて、箱から引き離した。
扉が閉まる音がした。
白い布に包まれた箱をお墓に入れて、家に帰って来た。
位牌と、写真と、小さい白い箱の前に座って、お線香の上げ方を教わった。
2日後は、お母さんの誕生日。
赤いイチゴの乗ったケーキを切って、誕生日の歌を歌おうとしたら、お母さんが泣き出した。
「手術が終わったら、一緒に誕生日お祝いしようね。って約束したのに……。」
◇
父は、12人兄弟の3男として、農家に生まれた。
生まれつき身体が弱く、足も悪くて、走れない人だった。
街の電器店に就職したけど、重い家電を扱う仕事は辛い。
配達中に、床屋さんが店の中で新聞を読んでいるのを見かけて
「通勤も配達もしなくていい仕事もあるんだな。」
と思い、働きながら通信制の理容学校で資格をとって、開業した。
同じく農家に生まれ、通信制で理容士になった母と見合い結婚。
風呂のない小さな家で、姉と僕が生まれた。
小鳥や金魚など、小さい生き物を育てる優しい人だった。
店の駐輪場には葡萄棚。
駐車場に栗や柿の木を植えて、世話して、実らせる人だった。
家族でスケートに行っても、父は滑れない。
僕が氷の上で立って、歩けることを誉めてくれた。
喜んでくれた。
心臓病が進んで、店で転ぶことが多くなる。
「スッボンの血が心臓にいいから」と、母がバスで買いに行く。
急いでも家に着くと血が固まってしまって、「飲みにくい」と言った。
葬式の日、おばさんに言われた。
「お姉ちゃんとあんたに食べさせるから残しておくんだ。って、
食べなかったイチゴが、病室で腐っていくんだよ。何で見舞いに行ってやらなかったんだ。」
と、泣かれた。
僕らは、知らなかったんだ。
「もうすぐ退院するから、もうすぐ良くなって帰ってくるから、見舞いに行かなくていいんだよ。」
母にそう言われてたから。家で待ってたんだ。
ごめんね。ごめんなさい。
◇
あの日から、ずっと見守ってくれてるの、知ってます。
貴方ができなかったこと、やりたかったこと。一緒にしたよね。
スキーとか、オートバイとか、海外旅行とか。一緒に行ったよね。
そちらは、いかがですか?
身体がないから、元気ですよね(笑)。
僕も最近、走れない身体になっちゃったけど、まだこっちで、やれることがありそうです。
お母さんと一緒に、もう少し、見守っていて下さい。
いつも、ありがとう。
これからも、よろしくお願いします。
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