夏のスキー場のような、草の斜面。
1ヵ所だけ、光っているような気配を感じた。
見馴れない横顔。
ずんぐりした、中年のおじさんだった。
その笑顔が一際、輝いている。
楽しそうに練習する人は珍しくない。
みんな、飛びたくて来てるから。
一瞬浮いただけで相当嬉しい。
でも彼は、遥かに超えたレベルで楽しんでいる。
その笑顔が、光り輝く程に。
グライダーの扱いには、慣れてない。
技術は、初心者のそれだ。
担いでいるのは、スクールが用意した練習用の古いグライダー。
斜面を登ったら草に広げて、ラインの絡まりをチェック。
カラビナで、身に着けたハーネスに繋げる。
両手にブレークコードとAラインを持って立ち、斜面を上がる風を待つ。
草が動いた。いい風だ。
胸から前へ体重をかける。
草に広げたグライダーが風を受けて、扇の形になっていく。
空を見上げて、背面から頭の上まで立ち上がるのを目視確認したら、大股で斜面を駆け降りる。
グライダーが少し、右へ傾いてる。
もっと右! 傾いた方へ走って、バランス修正しないと。
グライダーは右に落ちてしまった。
「あー! また失敗。 難しいなー!」
満面の笑顔で天を仰ぐ。
同じ斜面でショートフライトの順番を待ちながら見ていた女性と顔を見合わせて、また笑う。
奥さんと一緒に練習してるんだ。仲いいな。
グライダーを小さく絞って肩に担いで、また斜面を登る。
体力的にキツイ地味な基礎練習を、実に楽しそうに繰り返す。
2回目。
今度は、真っ直ぐ立ち上がった。
大股で斜面を駆け下りる。
1歩、2歩、3歩、4歩、5、6。7! 宙に浮いた。
草の斜面から5mくらい上を、滑空していく。
飛んでる時間は10秒もない。
50mくらい下に着陸した。
「飛べた~!」
輝く笑顔が手を振ってる。
手を振り返す奥さんも、同じような笑顔だ。
このまま、コーラのCMに使えそうだ。
奥さんの眼差しは、公園で走り回る息子を微笑んで眺める母親のようだ。
「飛べたよ!」と笑い、「失敗した~」と笑って、手を振り合う。
二人の周りだけに天使が舞うような、幸せな空間。
一目惚れしてしまった僕は、昼食を同席させてもらった。
「先週、帰国したばかりで。ここへ来るのは10ヵ月ぶりなんです。」
日本で6カ月医師として働いて、残りの半年は、ネパールの無医村で医療活動のボランティア。
そんな生活を10年以上続けているらしい。
報酬はない。往復の旅費も、全額自己負担だ。
「飛行機ね、一番安いチケットだから中国経由なの。それがね、とんでもない場所で10時間も待たされるのよ。」
日焼けした顔で奥さんが笑う。旦那様も笑っている。
頼まれて行ったネパールの無医村。
山間の、不便で不衛生な、何もない村。
初めて行った時は正直、早く帰りたかった。
帰国できる日を指折り数えた。
もちろん、一度だけのつもりだった。
やっと日本へ帰れたのに、ネパールの人達の顔が頭から離れない。
毎日、気になってしまう。
あんな環境で、何日も歩いて順番を待つ彼ら。
一人でも多く診てあげたい。
そう思って、また行ってしまう。
「帰国して食べる日本食が、最高に美味しいんです。」
「帰国して練習するパラグライダーが、最高に楽しいんです。」
2人の笑顔が輝く理由が、わかった。
古い軽自動車で3時間。
今日やっと来れた練習場。
来れるのは年に1度か2度。
上達しない。ライセンスはとれない。
山頂からのフライトは、できないかも知れない。
それでもこの一瞬を、誰よりも楽しんでいる。
そういえば、テレビで見たことはある。
世界には今も、そんな生活をしている人がいるんだって。
僕らは、すごく恵まれてるって。
知ってるけど、知らないふりをして生きてきた。
こんな神様みたいな人、本当にいるんだ。
僕には真似できない。
心から尊敬します。
お会いできて、お話できて嬉しかったです。
どうぞ、お身体に気をつけて。
今日会えたことを無駄にしないように、生きてみます。
ありがとうございました。
(2015年 51歳)
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