今日、見れますかね。マンタ。
「見れると思うよ。9割は見れるから。ここ。」
期待っすね。
強い日差し。潮風。白い波しぶき。
エアタンクを固定したデッキが揺れる。
ポイントへ向かう船の上で、男性インストラクターが答えてくれた。
40歳くらいかな。
日焼けした肌に茶色い髪。サングラスが似合ってる。
沖縄の人じゃない。
埼玉、千葉、東京、神奈川。そのあたりの出身だろう。
イントネーションが、そんな感じだ。
好きなことを仕事にしたくて、好きな場所に来た。
街の暮らしと稼げる仕事を捨てて。
そんな横顔が、海を見つめている。
船が減速して、エンジン音が消えた。
船に当たる波の音が聞こえる。
BCジャケットを着て、タンクを背負う。
船のへりに腰かけてフィンを履く。
レギュレーターを咥えて、インストラクターの合図を待つ。
アイコンタクト。頷いてくれた。
マスクの上側を押さえてタンクの重さに任せると、後ろ向きに海へ落ちる。
バックエントリー。
視界が一瞬、真っ青になって、石垣の海の透明度を感じる。
身体が回転して、海底が見えてくる。
真下を黒い物が飛んでる。
マンタだ!
いきなり会えた。
国道を走る車みたいに、どこかへ向かっている。
いた! いました!
興奮そのままに水面に顔を出して、船上のインストラクターへ叫ぶ。
笑ってくれた。
白い歯が眩しい。
インストラクターに付いて、ポイントへ向かう。
「マンタスクランブル。」
世界的に有名なマンタスポットだ。
水中を飛びながら、ブリーフィングで聞いた注意事項を思い出す。
・身体に付いた寄生虫を食べてもらいにマンタが集まって来ます。
・このポイントは、流れが速いです。
・海底の石を掴んで腹這いになって、流されないようにして下さい。
・間違っても触らないで下さい。マンタがいなくなってしまいます。
・頭上をマンタが通過する時は、できればエアを吐くのも我慢して下さい。
マンタが触られたと感じると、来なくなってしまいます。
透明度20mの海を進む。
遠くに、ぼんやりと見えて来た。
複数のマンタがサークルを作って、回転している。
ヨーロッパによくある、ロータリー方式の交差点みたいだ。
先に海底に貼りついてマンタを見上げていたパーティが、離れていく。
僕らの番だ。
マンタロータリーの下へ入って行く。
本当だ。流れが速い。
海底の岩を両手で掴んで、腹這いになる。
頭の上を、マンタが通過していく。
次々と。
1枚、2枚、3枚、・・・6枚!
大きい。
小さいのでも毛布くらい。
大きいのは、4畳半くらい? 腹にコバンザメを2匹。連れてる。
(YouTubeより動画拝借しました。こんな感じです。)
エア吐くの我慢しろって言われても、こんなに連続で来たら、無理。
ごめんな。
頑張るけど、最低限の呼吸はさせてもらいます。
頭の上で回るマンタが1枚、ロータリーから離れて海へ消えていく。
すぐ他の1枚が、円に加わってきた。
20mくらい向こうに別のロータリーが見える。
順番待ちの集団かな。
頭上のサークルから1枚抜けると、そのサークルから1枚入って来る。
今、凄い場所にいる。
水族館じゃないんだ。
これ、自然の海の中なんだよな。
こんなのもう、一生ないかも知れない。
インストラクターの合図。
ポイントを離れる時間だ。
掴んでいた石から手を放して、海流に乗って離れていく。
1枚のマンタが、僕らを追い越していく。
悠々と。優雅に。
美しい。
凄く、綺麗だ。
ここは、彼らが生きる海。
ごめんなさい。邪魔だよね。僕ら。
船へ向かって、彼らの海を飛んでいく。
いつの間にか、
地上での生きづらさとか、仕事の悩みとか、すっかり忘れていた。
頭の中、空になってる。
思い切って、来てよかった。
ありがとう。
もう少し、頑張ってみます。
(2003年11月。39歳。)
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