透明度どのくらいですか?
「5mくらいです。」
50mですか?
「5mです。」
聞き間違いじゃなかった。
落胆した。明らかに。
透明度5mのファンダイビングなんて、面白いはずがない。
ここはゴールドコースト。オーストラリアだ。
グレートバリアリーフみたいな綺麗な海を期待してたのに、ガッカリだな。
「でも、楽しいですよ。ね。」
日焼けした女性インストラクターが、長い茶髪を傾けて同意を求める。
「うん。楽しい。めっちゃ。」
僕の隣に座る女性が同意した。20代かな。ここで何度も潜っているらしい。
2人とも、自信たっぷりだ。
「潜ればわかりますよ。ね(笑)」
「そうそう(笑)」
もう、参加費も払っちゃったし、機材もレンタルした。
海外のリゾートダイビングで不機嫌な顔しててもしょうがない。
せっかくだから、楽しんでみよう。
何が楽しいのか、わからないけど。
BCジャケットを着てエアタンクを背負い、浅瀬を歩いて行く。
南半球の夏の日差しは強力だ。海水も温かい。
水深が腰の高さまで来たら、マスクを着けて、水中へエントリー。
真っ白で、ほとんど何も見えない。
前にインストラクター。後ろにリピーターの彼女。
まだ浅いから、白砂の海底は見える。
視界にはそれだけ。魚も少ない。
何が面白いって言うんだ。
フィンが水を蹴って、水中を飛んで行く。この感覚は好きだけど、
やっぱりサンゴ礁を舞うニモや、エンゼルフィッシュが見たかったな。
水深7m。岩場にライトを照らして、インストラクターが何か探してる。
こんなところで、何が見えるっていうんだ。
岩に、何かいるらしい。
インストラクターの指先に、顔を近づけて見た。
かっ かわいい。! なんだこれ。
(YouTubeより動画借用しました。)
「ベニシボリ ウミウシのなかま」
インストラクターがボードに書いてくれた。
透明な羽衣。小さな黒い目。ふわふわとした動き。
妖精か。
とにかく、かわいい。
興奮したんだろう。
僕が咥えたレギュレーターからゴボッと大きい空気が出て、光る海面へゆらゆらと上がっていく。
インストラクターと彼女が、顔を見合わせて大笑いしている。
水中だから声は聞こえないけど、明らかに僕の反応を楽しんでいる。
初めてウミウシに出会うダイバーを見るのが面白いから、詳しくは事前に説明しないらしい。
やられた(笑)。
その後も、ウミウシツアーは続く。
目が覚めるような青。黄色。紫。
まるで、宝探しだ。
楽しい。
「透明度の高い海にも潜ったけど、やっぱりここの子たちに会いたくなって、戻ってきちゃうんです。」
透明度5mの海に彼女が繰り返し来る理由に、納得した。
(2004年11月。40歳)
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