天からのお使いの方ですか?

満員電車に揺られて30分。駅から自転車で5分。
今日も疲れたな。

アパートの階段を登りはじめると、君が来てくれた。
僕の足の間を右に左にくぐりながら一緒に上がっていく。
ただいま。待っててくれたの?
まん丸の目、立ったしっぽが「そうだ」という。

大家さんが家の隣に建てたアパート。2階の真ん中が僕らの部屋だ。
新婚なので新築を選んだら、会社から少し遠くなってしまった。
10cmくらいドアを開けると、僕より先に部屋へ入っていく。

「おかえりなさーい。あら、あなたも来たのね。こんばんは。」
妻も嬉しそうだ。

綺麗な毛並。どこかの家で飼われている子だ。野良ではない。
夕食の間は、部屋をパトロールして、ソファで寛いでいる。
これ食べる?って聞いても、匂いを嗅ぐだけ。
お嬢様はご夕食をお召し上がり済みのご様子でございます。

妻が食器を洗い、僕がソファに座ると、膝に乗って一緒にテレビを見る。
僕が疲れていて寝てしまう時は、腹の上で一緒に寝ている。

(↑僕の上で眠ってしまった子です。26年前の写真なのでぼやけてます。ごめんなさい。)

でも、長居はしない。
寛いで、部屋のパトロールが済むと、玄関の方へ歩き出す。
帰るの?
丸い目と立てたしっぽで「帰る」という。
玄関のドアを10cm開けると、するりと出ていく。
いつもそんな感じ。

転勤の辞令はいつも急だ。
2週間後には引っ越さなければならない。
バタバタと準備をしてる間、そういえば君は来なかった。
もう会えないかもしれないな。

引越の朝。外で君の声がする。

玄関の向こうだ。「開けて」と言ってる。
10cm開けると、するりと入って来た。
おはよう。久しぶりだね。元気だった?
朝来るの初めてだよね。今日、引越しなんだよ。知ってたの?
まん丸い目と立てたしっぽが「知ってた」という。

いつものように、部屋をパトロールして、顔を洗って、毛繕い。
僕の上で寝ころび、しばらくすると、玄関へ歩き出した。

帰るんだね。ちょっと待って。ドア開けるから。
10cm開けると、一瞬、僕を見上げて、するりと出ていった。

東京最後の日に、会いに来てくれてありがとう。
嬉しかった。
僕が帰る時間はバラバラなのに、どうしてわかるの?
来るのはいつも夜だったのに、引越しの日だけ、朝来てくれたのはなぜ?。

ちょっと不思議な、あったかい時間をありがとう。

もう少し、頑張ってみます。

(1997年 33歳)

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