流れ星。

小説

夜空に、光が流れた。音も立てずに。スっと。

あっ。
「なあに?」
流れ星。
「どこ?」
あの辺。

「どこ?」
見えないよ。もう。
「どうして?」
消えちゃったから。

「見たかった。」
一瞬だからね。
「見たかった!」

しょうがないよ。
「もっと、早く言ってよ。」
無理だよ。

「いっつもそう。」
何が。
「あっ、て言う。」
言うでしょ。流れ星見たら。

「自分ばっかり。」
ん?
「自分ばっかり、見てさ。私、見たことないのに。」
何を?
「流れ星でしょ?」

しょうがないよ。一瞬なんだから。
「見たかったな。」

あっ、て言うの聞いてから見たって見えないよ。流れた後なんだから。
「だから、早く言ってよ。もっと早く。私も一緒に見れるように。見たいから。一緒に。」
わかった。ごめん。次はもっと早く言うよ。一緒に見ようよ。

「ほんとに?」
うん。

「やったー。楽しみ。どんなの?流れ星って。」
スッて。
「すっ?」
夜空にスッて。一瞬。
「わかんない。」
わからないかな。

「ちゃんと説明して。私、見たことないんだから。」
そっか。見たことない人に説明するの難しいよな。何でも。
「頑張って。」

んーっとね、画用紙。鉛筆。
「がようし? えんぴつ?」
うん。画用紙。スケッチブックでいいや。こう立ててさ、机とかに。鉛筆をこう持って、振り下ろす。斜め上から下に、シュって。そしたら線がつくじゃん、紙に、シュって。そんな感じ。

「何それ。ぜーんぜんわかんない。」
そう?スゴイ上手に説明できたと思ったけどな。
「磨いた方がいいよ。なんとかりょく。」
語彙力?
「そう、それよ。ごいってなに?」
言葉じゃない?話してる時に、言いたい言葉が正しく出てくるさま?
「出てくるさまって何?おかしい。」
辞書ひくとさ、書いてあるじゃん。◯◯するさま。ってさ。
「そうね。見たことあるかも。で、どんな字なの?ごいりょくって。漢字、書ける?」
書けるんじゃない?
「書いてみて。」
紙ないよ。
「空に書いて。指で。」

語(ご)はさ、あれだよ。国語の語。語学の語。
「あ、待って。私書けそう。左に言うって書いて、ごんべん?右は上に数字の五。下は口、だよね。合ってる?最近書かないからさ、漢字。全然書けない。ヤバいよね。」

正解。彙(い)はね、ちょっと難しいかも。藁(わら)とか蕎麦(そば)のそ、みたいな。
「なんかごちゃごちゃしてそう。私はムリ。書いて。そうだ、順番にしようよ。私、次がいい。書けるよ力(りょく)。漢字で。」

力(りょく)は書けるでしょ、普通。あっ。
「なに?また見えたの?流れ星?」
大丈夫。何でもないよ。

「だいじょうぶ。の使い方間違えてるよ。今なんか、ごまかしたでしょ。かわいい女の子でも見えたの?元カノとか。」
違うよ。
「じゃあ、なによ。」
言うの?
「言って。気になる。」

あのさ、キスしていい?

「ちょっと、なに。いきなり。漢字わかんないからってそういうこと言うの、ずるくない?ダメよ。そういうの。」

じゃなくて、さっきの、流れ星。
流れる前に教えてあげるから一緒に見ようってやつ。
一緒に見れたら・・・。

「一緒に、見れたらね。」

よし!頑張ろ。じゃあ、書くね。語彙力の彙(い)。
指、見てて。

スッと流れた。光が。音もなく。

「あっ!キレイ!今、流れた。流れたよね。ねえ、見た?
えっ?スゴくない?初めて見た。嬉しい!」

大きな黒い瞳が、いつもよりもっとキラキラしてる。
空を指差して、僕を見て笑って。空を見て、また僕を見る。
かわいい。

びっくりしたのは僕の方だ。
何となくそんな気がしたから、ちょっと言ってみただけなのに。
ただの、偶然。
こんなことってあるんだな。

でも良かった。こんなに喜んでくれたし。
今日流れ星、2回も見れたし。2回目は一緒に見れた。
偶然だけど、狙ってできたことにしよう。
平静を装って表情は変えずに。言葉は、短い方がいいかな。

ほら、ね。

僕は、まだ嬉しそうな顔で僕を見ている大きな瞳を、見つめ返した。

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