天国へようこそ。Part.1

小説
天国へようこそ。 - 1

Day 1.

白いオートバイの彼女。


オートバイで旅に出た。行き先は決めてない。
南へ走って海へ出たら、海岸線を西へ向かえばいい。

こういう時、島国はいい。
どこまで走っても、海は続く。

半島の先端についたら、缶コーヒーでも飲んで一休みしよう。
水平線を見て風に吹かれたら、セルモーターを回して、またアクセルを開ければいい。

何も考えなくても、数ヶ月走れば一周してここへ戻って来る。
途中で帰りたくなれば、それもいい。

何も決めずに、ただ走るだけ。
ヘルメット越しに脳の中まで風が通って、何も考えられなくなる。
そんな時間が、欲しくなったんだ。

海風に吹かれるバイパスで、1台のオートバイに追いついた。
キャプトンマフラーから360°クランクのツインサウンドが聞こえる。
色は白。僕と同じマシンだ。

黒いパンチングレザーに、白いヘルメット。
男みたいなチョイスだけど、しなやかに細い背中。
女だ。

適度な車間距離を空けて、右後方に付ける。
前を走る彼女が、少し左にラインを修正した。
この、阿吽の動き。ポジション取り。相当乗ってる。
一緒に走りやすい相手だ。

同じ年に生産された同じモデル。同じ色。初めて出会った。

ハンドルタイプだけが違う。
僕がアップハンドル。彼女がローハンドル。それもいい。
一緒に走るのが楽しい。

女じゃなければ、長く一緒に走れたかも知れない。
女じゃなければな。

オートバイに乗る女に、声をかけたことはない。
声をかける奴には、なりたくない。

「一緒に走れて楽しかった。気をつけて。コケんなよ!」
抜き際に左手を上げて、そう伝えればいい。
コイツになら、ちゃんと伝わるはずだ。

次の直線。見通しが良ければ、加速して抜き去ろう。
右コーナーを立ち上がって、よし、今だ。
そう思った時、彼女の左手が動いた。

ハンドサイン。
「この先にパーキングがあるの。一緒に、休憩しない?」

ちょっと迷って、サインを返した。
「OK。いいよ。」

バックミラー越しのアイコンタクト。
一瞬、ニコっとされた気がした。

別に、問題ないさ。
急ぐ旅でもないし、僕が誘った訳じゃない。
同じバイクだ。彼女も、嬉しかったんだろう。
ちょっと話して、先に走りだせばいい。

缶コーヒー。


彼女の後ろについて、パーキングの駐輪場に止まった。
サイドスタンドに車体を預けてエンジンを切る。
チン、チンと、熱で膨張したスチールのエンジンが元の体積に戻る音がする。
この音も、好きだ。

自動販売機の音。
彼女が缶コーヒーを2本持って近づいて来る。
ブラックと微糖。
「はい。」
微糖を渡された。

僕のお気に入り。最近はいつもコレだ。
5台並んだ自販機からピンポイントで、まるで知ってたみたいに。
こんな偶然もあるんだな。

あ、ありがとう。
「正解?」
うん。正解だけど、何で?
「なんとなく。顔に書いてあったから。」

細い指でブラックの缶を開けながら、いたずらっぽく笑う。
僕と同じか、一歳差くらい? 28〜30歳くらいか。
黒髪のショートカット。綺麗な目。
普通に、美人だ。

「綺麗だね。空。」
そう、だね。

二人の真上に青空。白い雲。
西の空が少し赤くなりかけている。

「もうすぐ、沈んじゃうね。太陽。」
そうだね。
「また一日終わっちゃうな~。」
・・・。
「ねえ、今日泊まるとこ、決めてないんでしょ?」
そうだけど。
「ライダーズペンションだけど、いい?」
いいよ。そんな。
「じゃあ、決まりね。」
いいって、そういう意味じゃなくて。

「私ね、もうすぐ、死んじゃうの。」
え?
「お部屋一緒じゃないから大丈夫だよ。心配しなくても。」
いや、あの、そうじゃなくてさ。
「男の人の部屋も開いてるよ。今日だけ。ね。つきあって。」

別に、断る理由はなかった。

缶ビール。

ライダーズペンションは、男性棟と女性棟に分かれていた。
真ん中にバイク置き場。洗車場、共用スペース。
海が見える芝生に、白いテーブルとチェアが並んでいる。

風呂上がりの缶ビールを飲んでいると、彼女が出て来た。
袖をロールアップしたTシャツに短パン。サンダル。
白い肌が眩しくて、月に照らされた海に視線を戻す。

「気持ちいいね。風。」
うん。ビールでいい?
「あ、これ好きなやつ。ありがと。」

うまそうに飲む。
病気には、見えないけどな。

あのさ。
「なあに?」
さっきの、どういうこと?
「さっきの? もうすぐ死んじゃうってこと?」
そう。
「気になる?」
気になるでしょ。普通。
乗るの上手いし、元気そうだし、ビール飲んでるし。病気には見えないから。
「病気じゃないよ。」
じゃあ、なに。

「思い出しちゃったの。」
何を?
「元いたとこ。」
故郷ってこと?
「もっと、前。」
・・・。
「生まれる前にね、いたところ。」
まさか、前世?
「そのあとで、ここの前。かな。」
天国?
「まあ、そうね。」

そういう冗談は好きじゃない。笑わずに、彼女を見た。

僕の視線に気づいて、缶ビールをテーブルに置く。
揃えた白い膝をこっちに向けた。
真っ直ぐに、僕の目を見返している。
綺麗な顔。

じゃなくて、冗談か本気か確かめるんだ。
目の奥を覗いてみる。
大きな黒い瞳の、その奥。
嘘は、見えない。

「信じてくれる?」
冗談じゃ、なさそうだね。

詳しく聞いてみることにした。

天国から来た理由。

天国って、どんなとこ?
「想像してみて。」
幸せなとこ。
「正解。もっと具体的に。」
お花畑に、蝶が舞ってる。

お陽さまがあったかくて、すごく幸せな気分で、歩いたり、走り回ったりできる。
「正解。他には?」
会社とか仕事とか、行かなくていい。自由にやりたいことができる。
「正解。」
空を飛べる。鳥になれる。病気とかない。死なない。
「正解。」
それから、えっと・・・、

「今、えっちなこと考えたでしょ。」
ちっ、違うよ。そんなんじゃないよ。
「君が今考えたこと全部、できまーす。」
やめろよ。

「恥ずかしくて赤くなった君のかわりに、私が言ってあげましょう。
 アイドルの〇〇ちゃんと、デートしたいんでしょ。
 カッコいい車に乗せて、おしゃれなレストランで告白して、
 あたしも好き。とか言われて、抱きしめちゃう。
 海が見える白い教会で結婚式を挙げて、新婚旅行はモルジブ?水上コテージ?
 タワマンの最上階で、一緒に暮らしたいんでしょ?ラブラブで。」
・・・。
「できるよ。全部。」
マジで? だったらさ、
「だったら?」
ずっといたい。
「いられるよ。」
永遠に。
「永遠に。」
最高じゃん。
「最高だよ。」

じゃあ何で、こっちへ来たのさ。
「さあ、どうしてでしょう?」
何か悪いことして、地上へ落とされたとか?
「いいえ。自分で来ました。悪いことなんか、してませーん。」
じゃあ、なんで?
「考えて。」
・・・。
「想像して。天国にいた私が、どうしてこっちへ来たのか。」
・・・。
「今夜はこれでおしまい。続きはまた明日の夜、答えてあげる。宿題だからね。よく考えるのよ。おやすみなさーい。坊や。」

缶ビールを持って、女性棟へ歩き出した。
坊やってなんだよ。

「あ、ビールごちそうさま。ありがと。おやすみー!」

手を振る姿が、かわいい。
左手を上げて応えた。
おやすみ。

一人で庭に残って考えてみる。
天国にいるのに、ここへ来る理由。
あんなに元気そうなのに、もうすぐ死ぬ理由。
明日の夜までの宿題か。

 ! ! 

ってことは、明日も一緒に走るってことじゃないか。
今日だけって言うから、ついて来たのに。
やられた。

まあ別に、断る理由もないんだけど。
気になるしな。

なんだろう。この不思議な感じ。
彼女とは多分、恋愛には発展しない。
美人でかわいい。
一緒にいて楽だし、悪い気はしない。
でもなんだろう。そんな気がするんだ。

彼女も同じだと思う。
僕に好意はある方だけど、恋愛対象じゃない。そんな気が、するんだ。

Day 2.

大型トラック。

朝になった。

駐輪場に並んだ白いオートバイ。
やっぱり同じモデルが並ぶと絵になるな。
お揃いで買ったんだろうな。仲いいな。そう思うのが普通だ。名前も知らないけど。
こんな偶然って、あるんだな。

空気圧をチェックする。ついでに、彼女のバイクも。
2台とも、規定値内に収まっていた。問題ない。

彼女のバイクに触れて、改めて思う。
よく整備されてる。
バイク好きのメカニックが、心を込めて整備したマシンだ。
乗り手である彼女にも愛されて、大事にされてる。
こういうバイクは事故を起こさない。
いざって時には、ライダーを助けてくれるんだ。

タンクキャップに朝日が反射して光っている。
優しいオーナーに出会えてよかったな。お前。

「おはよ。なに話してるの?」
おはよう。何でもないよ。
「この子。何か言ってた?」
別に。空気圧チェックしてただけだよ。問題なかった。
「ありがと。」
良く整備されてるよな。
「うん。今彼だからね。大好きなの。」

どうする今日? 前走ろうか。俺が。
「ううん。昨日と同じがいい。後ろ、お願いしていい?」
いいよ。

こういう場合、男が前を走ることが多い。
危険をいち早く察知して、後ろを守れるからだ。
でも、彼女なら問題ない。安心してついていける。

海を左に見ながら、ワインディングを走る。
やっぱりそうだ。彼女の走りには、無駄がない。
上半身の力が抜けてる。アクセルとブレーキ、クラッチ操作が柔らかい。
膝と踝で車体をホールドして、ステップもちゃんと踏んでる。
ハンドルにしがみつかずに、下半身で乗ってる証拠だ。
コーナーのライン取りもいい。右に左に、快調に連続コーナーを抜けていく。

長めの直線。
ふいに、彼女がアクセルを緩めた。
左手をハンドルから離して、親指を下へ向ける。スローダウンのサインだ。
先に何か、見えたのかもしれない。

ブラインドコーナーから、大型トラック。
対向車線からセンターラインを越えてはみ出してきた。
顔がひきつったドライバーが身体ごと左へ傾けて、両手でハンドルを左へ切っている。
右へ横転しそうになりながら僕らの車線で大きく弧を描いて、やっと元の車線に戻った。
僕らのすぐ右横を走り去っていく。

危なかった。
彼女が減速しなかったら、二人とも巻き込まれていたはずだ。
ゾッとする。

生ビール。

夜、ホテル屋上のビアガーデン。生ビールを飲みながら考えていた。
なんか、不思議なことが多すぎる。

このホテル、バイク置場は建物の裏。道から見えない、わかりにくい場所にあった。
前を走る彼女が、迷いもせずに入っていく。
スタスタとフロントへ歩いて、
「シングル2つ。お願いします。」
空いてることを知ってるような言い方だった。
予約なんかしてなかったのに、ちゃんと2部屋空いてた。

これも偶然か。それとも・・・。

「お風呂、気持ち良かったねー!」
このホテル自慢の最上階の展望大浴場のことだろう。天然温泉らしい。
そうだね。
浴衣に赤い羽織が、かわいい。

似合うね。浴衣も。
「そんなこと言ってくれるんだ。嬉しい。ありがと。」
生ビールに枝豆、焼鳥。とりあえず乾杯した。

「宿題、できた?」
あのさ、今日のトラック。はみ出して危なかったやつ、何でわかったの?
「えっ。何となくだよ。そういうことあるでしょ? なんかヤバイ感じ。予感?みたいな。」
ないよ。今日みたいのは。 あんな手前で、わかったりしないよ。
「そうかな。じゃあ、偶然じゃない? それより、宿題は?」
わからなかった。考えたけど。

「そっか、まだ思い出してないんだもんね。」
何を?
「こっちへ来る前に、会ったでしょ。説明会で。」
説明会?
「そう。君はね、私の隣の席にいたの。」
わかるように話してくれよ。
「はいはい。」

しょうがないわね。って顔で、彼女が話し始めた。
天国の話だ。

天国へようこそ。

「最初はね、楽しかったの。天国。何でもできるから。

◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ 

※ここまでお読みいただき、ありがとうございます。ぜ ひ、続きをKindleでお読みください。
 「Kindle unlimited」の方は無料です。よろしくお願い致します。

 

h

※↑「BUY ON AMAZON」をクリックしてみて下さい。
 または、この下あたり↓ をクリックして下さい。  AMAZONのページに飛びます。


https://www.amazon.co.jp/%E5%A4%A9%E5%9B%BD%E3%81%B8%E3%82%88%E3%81%86%E3%81%93%E3%81%9D%E3%80%82-wingcat-ebook/dp/B0C1TFM775

Day 3.

ブラックコーヒー。

天国説明会。

魔法使い。

オートバイ。


白い空間。

Day 4.

奇跡。

コメント

タイトルとURLをコピーしました