1984年式の250cc。
この時代の2ストロークに排気デバイスはない。
低速トルクは、ないに等しい。
4,500rpm以上回さないと進まないくせに、7,500rpmを超えると急加速する。
空いてる高速道路なら魅力的な爆発的な加速は、市街地では扱いにくい。
4ストシングルから乗り換えたばかりの僕には、まだ怖いバイクだ。
仕事場からの帰り道。ヘッドライトが国道を照らしている。
赤信号が青に変わった。
4,500rpmでクラッチを繋ぎ、スピードに乗せる。
突然、目の前を車に塞がれた。
急ブレーキ!
右肩が下がったなと思ったら、ヘルメット右側に強い衝撃。
アスファルトに叩きつけられた。
夜の国道に投げ出されながら、前を横切った車を見る。
ブレーキランプが点灯して一瞬停車したけど、走り去ってしまった。
倒れたバイクの周りに飛び散った破片。
後輪だけはまだ回ってる。
起こさなきゃ。
道路に手を着いたら、右手首に痛みが走った。
立ち上がろうとしたら、右足首、右膝にも強い痛み。
でもこのまま道路にいたら、後続車に牽かれちまう。
とにかく、車が通らない場所へ移動するんだ。
左手と左足で這うように、歩道へ避難した。
初めて転倒した。
ヘルメットしてなかったら、即死だったな。
道の真ん中に横倒しのバイク。
タイヤ、エンジン、マフラー。
この角度から見るの、初めてだな。
後から来た車が、倒れたバイクを避けて通り過ぎていく。
1台、2台、3台。
4台目の車が、ハザードランプを点けて、停まった。
4ドアのセダン。
4つのドアが一斉に開いて、4人の男性が降りて来た。
4人が素早く、別々の動きを始める。
1人がバイクを起こす。その後ろで、
1人が後続車へ合図して、誘導。
1人が公衆電話へ走る。
1人が僕に話しかける。
「兄ちゃん大丈夫か? 怪我は? 相手は? 警察は? 救急車は?」
「わかった。動かなくていい。ここに居て。」
「おい! 工具箱と針金トランクにあるから! 全部持って来いよ!」
バイクが起こされて、歩道に運ばれてる。
道路に散らばった部品も、大きい物は拾われてる。
「右のミラー。折れてるな。左外して、右につけちまえ。」
「右のステップ折れてる。タンデムステップ外して前に付けるぞ。」
「ウインカーレンズ割れてる。破片合わせてガムテープで止めとけ。」
「ハンドル曲がってないか?」
「オイルパン割れてないな。エンジンかかるか?ライトは?」
歩道に座り込んでぼんやり見ている僕の前で、バイクが修理されていく。
やがて
「兄ちゃん、走れるようにしといたからな。気をつけて行けよ。」
白い歯が笑う。
4つのドアから乗り込んで、走り去ってしまった。
あっ、ありがとうございます。
座り込んだままで、そう言うのがやっとだった。
救急車の音が聞こえる。だんだん大きくなる。目の前で止まった。
「救急隊です。バイクで転倒したのは、あなたですか?
怪我は? 出血は? 立てますか? 病院へ行きますか?」
大丈夫です。立てます。
「バイクは? 乗って帰れますか?」
ちょっと、確認します。
エンジン始動。かかった。
ヘッドライト。ブレーキランプ。点灯してる。
割れたウインカーがガムテープで留められてる。点滅する。
ブレーキレバーは先っぽが折れてるけど、操作できる。
バックミラーは左から右に移植されてる。後方確認できる。
右ステップ。右後ろから移植されてる。
乗れる。
飛散した部品はビニール袋に入ってリアシートに置いてあった。
大丈夫です。乗って帰れます。
「本当に大丈夫なんですね。じゃあ、我々は帰りますよ。」
ご迷惑おかけしました。ありがとうございました。
パトカーも到着。降りて来た警官に、救急隊員が説明してくれてる
「単独転倒ですね。怪我ありませんので、我々はこれで引き上げます。」
救急車とパトカーが去った国道に、僕とバイクだけが残された。
身体はまだ痛いけど、折れてないみたいだ。
ごめんな。帰ろうか。
バイクに謝って走り出す。
なんとか、家に着いた。
ベッドに入って目を瞑るけど、眠れない。
ヘルメットの顎ひも。絞めといて良かったな。
助けてくれた4人の動きが鮮明によみがえる。
4つのドアから出て、それぞれが別の動きをしてくれたってことは、
路上に転倒したバイクと僕を発見した直後に役割分担を決めて、一斉に車を降りてくれたんだ。
あまりにも素早い、鮮やかなチームワーク。
まるで、耐久レースのピットワークみたいだった。
バイク仲間か、バイク屋か、レース関係者かも。
カッコ良かったな。
まさに、ヒーローだ。
初めての転倒でどうしていいかわからなかったし、身体も痛かったけど、
連絡先くらい聞けなかったか?俺。
あらためて御礼を言いに行くこともできないじゃん。
今になって後悔したって、もう遅いよな。
助けてくれた皆さん、ありがとうございます。
皆さんへの恩返しはもう、できないけど、
この恩は必ず誰か、他の人に返します。
巡り巡って、皆さんに届くように。
本当に、ありがとうございました。
(1988年。24歳)
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