この国に生まれたことを、誇りに思う。

バイク

電話が、嫌な音で鳴った気がした。手短に出る。

「店長~? コケた~。」

あいつの声。やっぱりだ。
店を出て20分くらい。フェリー乗り場に向かったはずだから、あの辺か。
声と息遣いでわかる。転倒したばかりだ。

大丈夫。落ち着いて。まず安全な場所へ移動するんだ。動けるか?
「うん。動ける。」
「動いた。今、草の上。」

バイクは? 
「倒れてる。道路。起こさなきゃ。」
起こさなくていい。そのまま座ってろ。動くなよ。
「でも。」
大丈夫。起こしてくれるから。
「誰が?」

今から起こること言うぞ。車が停まって人が降りてきて、バイクを起こしてくれる。
大丈夫。そこで待ってろ。
「え? そんな人いるかな。」
いるんだよ。

「直してもらったばっかりなのに。またコケた。バイク乗るの向いてないかも。私。」
そんなことない。バイクは何度でも直してやるから大丈夫。心配すんな。
それより身体は?どこが痛い?出血してないか? 
「痛いとこ?左手と、左の腰と、膝かな。血は出てないみたい。あ、車。停まった。」
な。そのまま実況しろ。

「降りて来た。男の人。
 バイク、起こしてる。
 押して、移動してくれてる。
 エンジンかけてる。かかった。
 こっち来た。」

電話の向こうから男性の声。『大丈夫ですか?』

「あ、大丈夫です。」
「はい。立てます。」
「折れてない。みたいです。」
「歩けます。」
「救急車、大丈夫です。」
「あ、今、バイク屋さんと繋がってるんで、電話。」
「はい。ありがとうございます。」
「ありがとうございました。」

車のドアが閉まる音。走り去る音。

「すごい。店長の言う通りになった。」
な。
「なんでわかったの?」
そういう国なんだよ。
「え?」

俺もコケた時、助けてもらったから。
「店長も?コケたことあるの?」
あるよ。何回も。
「コケない人かと思ってた。」
いつも言ってるだろ。みんなコケるんだって。コケずに上手くなった奴なんかいないんだよ。
「そうなんだ。」

エンジンかかったみたいだな。乗れそうか?
「うん。乗れそう。」
無理すんなよ。トラック出せるぞ。すぐ。迎えに行こうか?
「ううん。だいじょうぶ。」

ミラーは?折れてない?
「折れてないよ。内側に曲がってたけど、さっきの人が戻してくれた。」
ステップは?
「だいじょうぶ。折れてない。」

身体は?痛いの弱まってきたか?
「うん。まだちょっと痛いけど、だいじょうぶそう。乗れると思うよ。」

走り出してバイクがおかしいと思ったら、すぐ止まって連絡するんだぞ。
身体痛くてもな。すぐ行ってやるから。
「うん。そうする。ありがと。」

トラックの準備をして連絡を待つ。
30分経った。
そろそろフェリーが港を出る時間だな。
今電話がないなら、もう大丈夫だろう。

無事でよかった。
バイクを起こして声をかけて下さった方、ありがとうございます。

4人のヒーローに助けてもらったあの日から、僕も、道で倒れた人に声をかけてきた。
自転車ごと車に積んで、家まで送り届けたこともある。

道で倒れた人を見つけて車を停める。
駆け寄ると大抵、他にも停まってくれる車がある。

ワンボックス車が側溝にはまって動けなくなってた時は、見ず知らずの人みんなで力を合わせて
「せーのっ!」
人力で、両手で押し出して笑い合った。

こんな、生きにくい世の中だけど、本当はみんな優しいんだ。
この国に生まれたこと、誇りに思います。

助けてくれて、ありがとうございました。

(2012年 48歳)

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