骨盤骨折リハビリ体験記。Part.5【リハビリ病院へ転院】

骨盤骨折リハビリ体験記

医療タクシー。

転院の朝が来た。
病室を出て、病院の廊下をストレッチャーで運ばれてる。
自動ドアが開く。外に出た。

蝉が鳴いてる。
暑い。

ドクターヘリで運ばれた日は梅雨の中休みだったのに、すっかり夏になってる。
大学病院を見上げる。
救命処置室、手術室、EICU、一般病棟。
人生で一番長い18日だったな。
今日、転院します。
ありがとうございました。

「ドライバーの〇〇です。よろしくお願いします。」
後ろのハッチが上がって、ストレッチャーに寝たまま車内に入る。
「暑くないですか?」
「苦しかったら言ってくださいね。」
初めての医療タクシー。
ドライバーさんが、いろいろと気を遣っくれる。優しい人でよかった。
転院先まで130km。よろしくお願いします。

車が走り出した。
寝たままで運ばれてる。妻も乗ってる。救急車みたいだな。
途中のトイレは使えないから、病院から尿瓶を借りて来た。
後で、ドライバーさんが返却してくれるらしい。
ありがたい。

転院先のリハビリ病院まで3時間。
多分、大丈夫だろう。

高速道路に入った。
凄く、速く感じる。こんなに速かったかな。
隣を走る車との距離、近過ぎないか?
こんなスピードで接触したら、死ぬだろうな。
大型トラックがすぐ隣を追い抜いていく。
怖い。

100km/hなんてスピード、全然平気だったのに。
こんなに危なく感じるのは、怪我で入院したからかな。
僕の中で何かが、変わってしまった気がする。
凄く、臆病になってる。

大丈夫。
プロドライバーが運転してるんだから、無事に届けてくれるさ。
僕が心配してもしょうがない。
だいじょうぶ。
自分に言い聞かせて、目を閉じる。

遠いな。
あらためて、距離を感じる。
こんなに遠いのに、妻が一人で4回も往復してくれたんだな。
申し訳ない。
リハビリ頑張って、歩けるようになるからね。

リハビリ総合病院。

無事、リハビリ病院に着いた。
ストレッチャーのまま車から降りて、押されていく。
ガタガタするけど、痛くない。
ドクターヘリで運ばれた時とは、全然違うな。

看護師長さんが出迎えてくれた。
「個室は今、空いてないんです。」
大部屋なら、窓際にして下さい。
「そういう希望は受けてないですね。」
わかりました。

EICUは外が見えなくて辛かったから、窓が見える病室がよかったけど、空いてないならしょうがない。
個室が空いたら、移動させてもらえばいい。
それまでは、我慢しなきゃな。

ストレッチャーに寝たまましばらく、ロビーで待たされた。
大学病院とは違う雰囲気。匂いも違う。
入院患者とご家族が、近くを通り過ぎていく。
車椅子の人。松葉杖。片足の人。いろんな人がいる。
皆さん、大変だな。

「病室の準備ができました。移動します。」
エレベーターに乗って3Fへ。
降りたところに、ちょっと広い部屋があった。
デイルーム。面会や患者の休憩所としての場所らしい。

「ご家族の方はこちらでお待ちください。」
妻は病室には入れない。
大学病院より厳しいのは、新規感染者数が多い地域だからだろう。

大部屋の病室に着いた。
入口のすぐ左に空きベッドが見える。
ここかな。
窓がないと、やっぱり暗いな。

覚悟したけど、部屋の奥へ押されていく。
「こちらです。」
窓際のベッドに運ばれた。

明るい。空が見える。
希望を叶えてくれたみたいだ。
ありがたい。

全看護。

用意してもらった車椅子で、妻が待つデイルームへ向かう。

窓側のベッドにしてもらえたよ。
「よかったね。」
妻に車椅子を押してもらって、1Fの売店へ。
ペットボトルのお茶を飲みながら話してたら、看護師さんが走って来た。

「勝手に動かれたら困ります。病室へ戻って下さい。」
怒られてしまった。

売店へ行くにも許可が必要らしい。
病院が違うと、制度も違うんだな。
看護師さんの口調も厳し目だ。

「じゃあ私、帰るね。明日また来るから。頑張って。」
ありがとう。気を付けて。

病室に戻ると、両足にエアポンプが着けられた。
「○〇さん、全看護なんですから、勝手に動かないで下さい。」
すみません。

全看護。一人では何もできない入院患者だ。
ベッドで食事。
ポータブルトイレで排泄。
車椅子の移動は、同フロアのみ。
看護師同伴でなければ、エレベーターに乗ることも許されない。

左腕に点滴の針を刺された。
後退した気がするけど、しょうがない。
ふいに、昔の歌を思い出した。

幸せは歩いて来ない。だから歩いて行くんだね。
1日1歩。3日で3歩。
3歩進んで2歩下がる。

365歩のマーチ

子供の頃から知ってる歌だけど、「2歩下がる」の意味がわからなかった。
3歩進んだんだから、そのまま前へ歩けばいいのに……。

病気も怪我も、ずっと回復し続けるわけじゃないんだろう。
良くなったり悪くなったりを繰り返して、少しづつ良くなる。
進めなくても後退しても、諦めなければ、きっとまた進める。
大事なのは、気持ちなんだ。

頑張ろ。

退院目標は1ヶ月。

先生が来てくれた。30代くらいの男の先生だ。

「パラグライダー墜落で腰椎の圧迫骨折と骨盤輪骨折ですか。痛かったでしょう。大変でしたね。
ここは、リハビリテーションの専門病院です。患者さんの回復をサポートするのが目的です。
今は全看護状態ですが、回復の度合いを見ながらサポートを減らしていきます。
一日も早く、ご自身で身の回りのことができるようになるための入院ですから、頑張って下さいね。
気をつけていただきたいのは転倒です。
接合部分がズレたりすると元の病院に戻って再手術の可能性もありますので、充分注意して下さい。
入院期間は、そうですね、1ヶ月を目標にしましょうか。
早く退院して、ご自宅へ帰りたいですもんね。」

長いな。過去最長だ。
1ヶ月で、どこまで回復するんだろう。
車椅子?松葉杖?
どにかく、頑張るしかないな。

大部屋の夜。

夜になった。
眠れない。

ふくらはぎのエアポンプ。
メーカーが違うのか、音が大きい。
同室のおじいさんが看護師さんを呼んだ。
「うるさくて眠れんわ。あの音止めろ。生き地獄か。」
「ごめんなさいね。〇〇さんの血栓防止なので、止められないんです。」

3度目のナースコールで、おじいさんはベッドごと部屋を出て行った。
他の病室に移ったらしい。
うるさくて、すみませんでした。

足にカミナリ。

外が明るくなってきた。
ほとんど眠れなかったな。

朝食後、看護師さんが僕専用の車椅子を用意してくれた。
座ってみていいですか?
ベッドの上。動こうとしたら、左足にカミナリが走った。
ぐあっ!
やってしまった。
うっかり体重を乗せてしまった左足が、天井に向かって伸びきっている。

「なに?大丈夫?どうしたの?」
今、左足に電流みたいな痛みが走って。すみません。降ろしてもらえますか?
痺れた左足が伸びきって、自分で降ろせる気がしない。
「この足、降ろせばいいのね。」
お願いします。
両手で、ベッドに降ろしてもらった。

「大丈夫?まだ痛い?」
深呼吸して、息を整える。
もう、大丈夫です。雷みたいに、一瞬だったので。
「びっくりした。無理しないでね。」
ありがとうございます。

左足に衝撃が走らないように、ゆっくり車椅子へ移動する。
もう、あんな痛みは経験したくない。
左側のフットレストを上げた状態で固定してもらった。

こんなんで、歩けるようになるのかな。
不安に襲われる。

リハビリ開始。

「PTのT塚です。〇〇さんのリハビリ担当させていただきます。よろしくお願いします。」
40歳くらいの男の理学療法士さんが来てくれた。
よろしくお願いします。

「今日は、ここでマッサージさせてもらいます。」
絶妙な力加減で、痛くない。
腕のいい療法士さんで良かったな。


膝を曲げて、伸ばす。
状態を確認してるみたいだ。

「ちょっと、お尻に力入れられますか?」
はい。
「あ。力入りますね。時々でいいので、ご自分でやってみて下さい。」
3週間使ってない尻の筋肉を目覚めさせるところから始めるらしい。

この人の言う通りに、やってみよう。
きっと大丈夫。そんな気がしてきた。

頑張ろ。

患者記入表。

「毎日、忘れずに記入してくださいね。」
看護師さんに渡された紙を見る。毎日、入院患者が自分で書くらしい。

・術後日数
・体温
・尿と便の回数
・食事量(3段階)
・痛み (10段階)
・トレーニング内容
・使った移動器具(車椅子、歩行器、松葉杖など)
・入浴の有無。
・痛み止め服薬数。
・その他(レントゲン、エコーなど。)

入院中は、リハビリが仕事だ。真面目にやろう。
言われてないけど、飲んだ薬も記録しよう。

・血栓防止剤(血液を固まりにくくする薬)は、必ず1日1錠。
 多すぎても少なすぎても命に係わるから、飲んだら薬袋に書く。
・痛み止めは1日3錠まで。飲んだら6時間は飲めない。効かないけどな。

入浴。

夕方、看護師さんが3人。青いストレッチャーを押して入って来た。
「〇〇さん、お風呂行きましょうか。」
風呂?入れるんですか?
車椅子でシャワーじゃないみたいだ。どうやって入るんだろう。

「動かすよ。1、2、3!」
濡れる仕様の青いストレッチャーに移されて、病室を出て行く。
ナースステーションの前を通って、風呂の更衣室へ入った。
3人がかりで、服を脱がされる。
全裸だ。

スライドドアを開けて、浴室へ入っていく。

寝たままで、全身にシャワーをかけてくれる。
足元の看護師さんが、足を洗いはじめた。
「手が届くところは、自分でやってね。」
ボディソープのついたタワシタオルを、胸に置かれた。
左腕から胸、首、顔、右腕を洗う。股間も。

「はい。次はシャンプー。手出して。」
手の上に、シャンプー液を出してくれた。
両手で頭を洗う。

気持ちいい。

「洗えたね。一旦、流そうか。」
仰向けの前面を、シャワーで流してくれてる。

「後ろは、まだ無理だね。横向ける?」
身体を右に傾けると、背面を洗ってくれる。
足、尻、背中。シャワーで洗い流してくれた。
凄いな。

「背面も洗えたね。じゃあ次。お湯に入ろうか。」
機械に吊るされた太いベルトが、ストレッチャーの4隅に装着された。
どうするんだろう。

「上げるよ。」
スイッチを入れると、ストレッチャーがピンと張る
寝たままで、電動で持ち上げられた。
横に移動して、湯船のお湯に降ろされる。
UFOキャッチャーかよ(笑)。

身体が、お湯に浸かっていく。
3週間ぶりだ。

あったかい。
気持ちいい。
最高だ。

「ブクブク出すよ。」
浴槽の両側から、お湯の中に空気の泡が噴射された。
お湯の中で、身体が浮き上がっていく。
自分の手で尻を掻ける。背中も。
お湯の中で全身が気泡に包まれる。

最高に気持ちいい。
天国だ。
生きててよかったな。

身体を拭いて、洗濯した服を着せてもらって、ベッドに戻った。

全裸で3人がかりの洗体は恥ずかしかったな。
宙吊りにはビックリしたけど、お湯に浸かれて幸せだった。
さっぱりした。
生き返ったみたいだ。
ありがたい。

今夜は、ぐっすり眠れそうだな。

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