骨盤骨折リハビリ体験記。Part.6【リハビリ総合病院】

骨盤骨折リハビリ体験記

端座位。

看護師さんが、朝食をベッドに運んでくれた。
食パン、ジャム、牛乳、ゼリー。
「今日から、たんざいで食事しましょうか。」
意味がわからなかった。

座位は、座る姿勢のことらしい。
今まで、枕をクッション代わりに背中に当てて両足を伸ばして食べていた。
この姿勢。背中を90度近く起こして、足を伸ばしして座るのが「長座位(ちょうざい)」。
「端座位(たんざい)」は、ベッドの端に両足を垂らして座る姿勢だった。

やってみたけど、いろいろ痛い。
曲げた左足。左の腰、背中。右の尻、右の太もも。
それぞれ、痛みの種類が違う。

左腰と背中。石の塊になったような重く鈍い痛みは、骨折だな。
左足の外側全部。太い針金を刺されたような痛みは、神経だ。
うっかり体重をかけると、一気にカミナリのような電気的な痛みが走る。
右の尻と太ももは、筋肉痛だろう。
2週間固定されて身動きできなかったのに、手術後すぐポータブルトイレや車椅子への移動に右ばかり使うから、筋肉が悲鳴を上げてるんだ。

この姿勢で食べるの辛いけど、我慢しなきゃな。
食事もリハビリ。
折れた骨と傷ついた神経・筋肉に、回復するための栄養を摂取して、送り届けるために。
痛いけど、残さずに食べるんだ。

食べ終われば、痛み止めが飲める。
飲んでも効かないのに、やっぱり期待してしまう。
他に、痛みを止める手段がないから。
昨日までは効かなかったけど、今日は、少しは効くかも知れないから。

ベッドの端に座ってパンを食べながら、自分の足を見る。
左足が細い。右足の2/3くらいしかない。
3週間動かさないと、こんなに細くなるんだな。
右足おっさんなのに、左足だけ女子高生かよ(笑)。

リハビリ室。

PTのT塚さんが来てくれた。
ベッドでマッサージを10分。
「ちょっとだけ、リハビリ室へ行ってみましょうか。」
はい。
車椅子を押してもらって、エレベーターを降りる。
初めてリハビリ室へ入った。

広い。
体育館みたいだな。

平行棒やマッサージ台がたくさん並んでいる。
その周りを、入院患者が歩いている。
膝から下が義足の人。両足がない人。
リハビリ頑張ってる人って、こんなにいるんだな。

平行棒の前に車椅子を停めた。
「立ってみましょうか。」
はい。
両手で平行棒を持って、筋肉痛の右足で立ち上がってみる。
立てた。
左足は、曲げたままだ。

「立てましたね。もう一回できますか?」
車椅子から3回立ち上がれたけど、いろいろ痛い。
「右足も痛みますか?」
はい。太ももと尻が痛いです。
「筋肉痛でしょうね。右ばっかり使ってますからね。」
やっぱりそうなんだ。
リハビリってやっぱり、痛みとの戦いなんだな。
こんなに痛いのに、歩けるようになるのかな。

歩けるようになりたい。
でも、歩くって、落雷みたいな電流が走る左足に全体重をかけることだよな。
できる気がしない。

外周を歩行練習で歩いている人達が、アスリートに見える。

遠くに、階段の昇降りを練習してる人がいる。
僕の部屋にはエレベーターが停まらないから、階段の昇り降りができるまで退院できない。
この左足で立って、歩いて、階段を登れるようになる。
遠いな。
やっぱり、できる気がしないよ。

もう、歩けないのかな。

骨盤骨折の女性。

隣の平行棒に、ピンクのTシャツ。若い女性が来た。
両腕で体重を支えながら、平行棒の中央へ進む。
担当のPTさんが、彼女の足元に体重計を置いた。

「えっと。今日、20kgですよね。痛そう。いけるかな。こわーい(笑)」
明るい声。笑ってる。
楽しそうにリハビリする人もいるんだな。

「この人も、骨盤骨折の患者さんですよ。」
T塚さんが教えてくれた。
えっ。そうなんですか?
「1ヶ月くらい前から、ここでリハビリされてます。骨盤骨折の患者さんは少ないので、先輩がいるのはラッキーですね。すごく参考になると思いますよ。」

彼女が、痛い方の足をゆっくりと体重計に乗せていく。
針が、振れていく。
5kg、10㎏、15㎏。
「こわーい(笑)」

怖いのは、痛いからだ。
楽しそうだけど、この人も痛いんだ。
痛いなら辛いはず。
じゃあ何で、楽しそうに見えるんだろう。

左手の薬指にリングが見える。結婚してるんだ。
車椅子にお守り。あの形は、伊勢神宮だな。
楽しんでやるって決めてるのかな。
やっぱり女性は凄いな。尊敬する。

「20kg!できた。嬉しい!やったー!」
後ろから、思わず拍手してしまった。
おめでとうございます。

「あっ。ありがとうございます(笑)。」
振り返る笑顔が眩しい。
リハビリの後、話を聞いた。

「横断歩道を渡っていたら、信号無視の車に跳ね飛ばされたんです。気が付いたら病院でした。
骨盤と右足首の骨折なんですけど、手術はしてません。安定型っていうんですか?折れてるけどズレてないので、安静にして骨が付くのを待つみたいです。
もう、ここへ来て1月半になります。長いですよね。
子供が2人います。4歳の女の子と2歳の男の子。早く帰ってあげたいんですけどね。」

自分が恥ずかしくなった。
この人は、ご主人と子供のために頑張ってるんだ。
僕は自分のためなのに、弱気になりかけていた。
弱すぎる。

明るく頑張られてる姿に勇気づけられました。ありがとうございます。
「いえ、そんな。でも嬉しいです。一緒に頑張りましょう!」

痛いのは僕だけじゃない。
みんな痛いんだ。
足が2本ともあるだけで、ラッキーなんだ。

頑張ろ。

筋肉痛。

リハビリ室から病室へ戻ったら、筋肉痛が酷くなった。
右太ももの裏が、ちょっと動くだけで吊りそうになる。
仰向けに寝たまま自分で揉んでも、痛みは減らない。

夕食が運ばれてきた。
ベッドの端に移動したけど、両腕で身体を支えるのがやっとだ。
腿の痛みでベッドから手が離せない。
これじゃ、食べられないな(笑)。

今日は、端座位は諦めよう。
枕を背もたれにして両足を伸ばして座った。
長座位。
これなら手が使える。食べられる。

夜になっても、痛みは続いている。
痛み止めは、やっぱり効かない。
こんなんで明日、リハビリできるのかな。

前に進むだけじゃない。

転院7日目の朝、PTのT塚さんが迎えに来てくれた。
「リハビリ室へ行きましょうか。」
はい。

車椅子に乗ろうとして、ベッドの端へ移動する。
もう、右太腿が吊りそうだ。
右の尻も痛い。

頑張れ俺。車椅子に移るだけだ。
あと50cm。すぐそこじゃないか。

気持ちは移動したいのに、痛くて動けない。
くそっ!
思わす汚い言葉が出てしまった。

「無理はダメですよ。そんな日もあります。今日は、ベッドでマッサージしましょう。」

悔しい。
同じ骨盤骨折であんなに明るく頑張ってる女性がいるのに、今日の僕は、ベッドから降りることもできない。情けない。

T塚さんが右腿と尻をマッサージしながら、声をかけてくれる。
「リハビリは、前に進むだけじゃないんです。昨日できたことができない日もあります。それも身体の反応ですから、受け入れましょう。
僕らPTの仕事は、患者さんの頑張りをサポートすることですけど、やり過ぎないようにブレーキをかけるのも大事な役割なんです。無理に動くと身体を壊します。逆効果です。
大丈夫ですよ。休めばまた、できるようになりますから。」

そっか。そうだな。
無理はムリ。
仕事でもそうだった。

思い出した。

次の会議で役員報告。
プロジェクトの進捗状況を説明しなきゃならないのに、遅れてる。
問題点は洗い出して、改善対策もした。何度も見直した。
部下は真面目に頑張ってる。彼らのせいじゃない。これ以上を強いるのは無理だ。
自分で頑張るしかないな。

隠れて残業。
家に持ち帰って夜中まで。
休日も返上。

身体と心にストレスが溜まっていく。もう限界だ。
空を飛びたい。

疲れた身体で、4カ月ぶりに飛びに来た。
気持ち良かったけど、練習不足と判断ミスで墜落。
死ぬかと思ったけど、助けられて入院患者になったんだ。

あんなに時間に追われていた会社を、もう3週間も休んでいる。
同僚、妻、先生や看護師さん、PTさんに、たくさん迷惑をかけてる。
助けてもらってる。

今は、リハビリが仕事だ。
無理はムリ。頑張ればいいってもんじゃない。
早く治したいけど、PTさんの言う通り、今日はゆっくり休もう。
明日また頑張ろう。

3歩進んで2歩下がる。
やっぱり、前に進むだけじゃないんだな。

大丈夫。
明日は車椅子に乗れる。
リハビリ室に行けるさ。

頑張ろ。

ナースコール。

丸いボタンを押せば、看護師さんが来てくれる。
ありがたいけど、回数を減らしたい。

看護師さんに迷惑をかけたくないから。
申し訳ないから。

嘘じゃないけど、正直でもない。
本当は、恥ずかしい。情けない。
排泄くらい、自分でしたいんだ。

2週間前。
差し込み便器を使えた時は嬉しかった。
それまでは、オムツだったから。

今はポータブルトイレを使えるようになったけど、やっぱり、水洗トイレでしたい。
個室に入って、自分だけの空間で静かに完結させたい。
排泄くらいはね。

ポータブルトイレ。

大部屋の病室。
カーテンで仕切られた空間に、ポータブルトイレを置いてもらっている。
使うには、ナースコールが2回必要だ。

1回目
すみません。トイレお願いします。
「すぐ行きますね。」

・ポータブルトイレの蓋を開けて、中に紙を敷いてもらう。
・身体を支えてもらって、右足一本でベッドからポータブルトイレへ移動。
・トイレのアームレストを両手で握って、パンツを下ろしてもらって座る。

ありがとうございます。
「終わったら、呼んでくださいね。」
はい。

左腰が痛くて体重をかけられないから、右側に荷重して座る。
左足は痛くて床に降ろせない。
アームレストに両肘を置いて、両手で握ってバランスを取って……。
この姿勢、力を抜けない。
けど、抜かないと出ないよな(笑)。

なんとか出た。

尻ぐらい、自分で拭きたい。
紙を睨んで、アームレストに乗せた左腕を滑らせて指を伸ばす。
取れたけど、左肘で支えたままでは尻に手が届かない。
やっぱり、まだ無理か。

諦めて、2回目のナースコールを押す。
終わりました。
「行きまーす。」

・両腕で体重を支えて右足で立って、尻を拭いてもらう。
・パンツを上げてもらう。
・身体を支えてもらって、右足だけでベッドへ移動。
・ポータブルトイレから排泄物を取り出して、蓋を閉めてもらう。

ありがとうございました。

嫌な顔せずにやってくれるのは、本当にありがたい。
けど、自分でしたいんです。

わがままで、ごめんなさい。

着圧ソックス。

病室のベッド。
ふくらはぎの加圧ポンプの音を聞きながら、天井を見上げている。
「プシュー、プシュー」
20秒毎に10秒の圧縮。

慣れない。
もう3週間以上装着してるけど、鬱陶しい。

「外したり緩めたりはできないです。血栓が肺に飛ぶと死んじゃうので。」
EICUの女医さんの言葉を繰り返し思い出す。
ドクターヘリで運ばれて創外固定して、3回も手術したんだ。
肺血栓で死ぬなんて嫌だ。
しょうがない。

だけどこれ、いつまで装着してなきゃいけないんだろう。
看護師さんに聞いてみた。

「私達ではわからないので、先生に聞いておきますね。
でも血栓防止の方法は、エアポンプ以外にも着圧ソックスがありますよ。有料ですけど、試してみますか?」
お願いします。

長めのハイソックスをもってきてくれた。
細くて固い。先端に穴が開いてる。
ナイロンの滑りやすい布が付いてる。

右足から履いてみよう。
足先に付属のナイロン布を被せて、着圧ソックスに入れる。
キツイな。
寝たまま両手で広げて引っ張る。
入らない。
サイズ合ってるのかな。
男性用のLサイズ。合ってるみたいだ。

ぎゅーっと引っ張って、踵まで入った。
ふくらはぎ、膝の下まで引っ張り上げる。
履けたけど、かなりキツイ。

次は、問題の左足だな。
ナイロンを被せようと膝を曲げるけど、届かない。
「私がしましょうか。」
看護師さんが声をかけてくれた。
お願いします。

触れられるだけで痛い左足を、キツくて固いソックスが引っ張り上げられていく。
なんとか、履かせてもらった。

「どうですか?」
キツイですね。
「やめますか?」
せっかく履かせてもらったので、しばらく様子をみてみます。
ありがとうございました。

両足が、雑巾みたいに絞られている。
快適じゃないけど、圧縮音がなくなった。電源コードもない。
繋がれていないって、開放感あるな。
病室が静かになった。
蝉の声が聞こえる。

また一歩、前に進めた気がする。

120kgの人。

同室に、新しい入院患者が入って来た。
大きい男性。50歳くらいかな。
荷物を担いで、歩いて来た。
どこも悪そうじゃないけどな。

糖尿病教育入院。
体重が120kgを超えると来るらしい。
「家にいたら食べちゃうじゃないですか。アンドーナツとか。
〇イザップとか通うより、ここへ入院する方が安くていいんですよ。」

そんな入院もあるんだな。

ピッ。ピッ。
エアコンの設定を変更する音が聞こえる。
彼が、冷房を強くしたみたいだ。
冷たい風が大量に出てきた。
120kgだと、暑いんだろうな。

病室が冷えすぎて、鼻水が出てきた。
やばい。
くしゃみが……、出てしまった。
ぐあっ。
左足全体にカミナリみたいな電流が走った。

個室じゃないから、しょうがないよな。
タオルケットを被って、冷え過ぎを防ごう。
妻に、長袖の夏服を持ってきてもらおう。
個室が空いたら、病室を変更してもらおう。

豪快なイビキが聞こえてきた。
凄い音量だな。

夜になった。
複数の友達とネットを繋いで、ゲームしてる声が聞こえる。楽しそう。
終わるまでは、眠れないな。
自由な人だな。

深夜、大声で起こされた。
「イビキうるさい!」
すみません。

また、起こされた。
「イビキうるさい! いい加減にしてくれよ。」
本当に自由な人だな。

翌朝、看護師さんに訊いてみた。
僕、イビキうるさいですか?
「そんなことないけどね。」

妻に頼んで、睡眠中のイビキを抑えるシートを買ってきてもらった。
寝る前に鼻に貼ると、音を抑えられるらしい。

自分の寝息は聞こえないけど、夜中に起こされることはなくなった。
効果あったのかな。

ご本人は、昼間も豪快なイビキで寝ておられる(笑)。
まあ、自分の寝息は聞こえないからね。
お互い様だし。
僕のポータブルトイレの匂いも、我慢してくれてるんだろう。
このくらい、しょうがないよ。

看護師さんが腹を立てた。
「起きなさい! あなたの方がイビキうるさいわよ。」
ちょっと起きたみたいだけど、すぐ豪快な音で、また眠る。

僕も、あのくらい強いメンタルが欲しいな。
見習いたくはないけど(笑)。

頑張ろ。 

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