骨盤骨折リハビリ体験記。Part.4【大学病院/一般病棟】

骨盤骨折リハビリ体験記

障害者用トイレ。

一般病棟に、初めての朝が来た。
「おはようございます。朝食ですよ~。」

看護師さんがドアを開けた時、青いマークが見えた。
この部屋の向かい側って、障害者用のトイレだったんだ。
車椅子で便座の近くまで行けるなら、温水洗浄便座を使えるかも知れない。
今日は日曜日。PTさんは休みだ。看護師さんに聞いてみよう。

あの、病室の前の車椅子用トイレに行ってみてもいいですか?
「いいですよ。でも、ちょっとだけ待ってくださいね。」
小柄な女性の看護師さん。
「私一人では、支えられないかもしれないので。」
別の看護師さんを呼んできてくれた。

「二人で支えますね。」
ありがとうございます。

二人の肩を借りてベッドから車椅子へ。
トイレの中まで押してもらって、便器のそばでブレーキをかける。
車椅子のアームレスト。両手で持って、右足で立つ。
両側を支えられて、トイレの手すりを掴む。
看護師さんにおむつを下ろしてもらって、やっと、便座に座れた。

「終わったら、そこのボタンで呼んで下さいね。」
すみません。ありがとうございます。
ドアが閉まった。

温水が、尻を洗い流してくれる。
温風が出て、乾燥までしてくれる。
なんて贅沢。
天国だな。

世界中で、日本にだけ普及している温水洗浄式トイレ。
来日したハリウッド女優が感動して、買って帰ったとか。
2週間ぶりに使うとその気持ちがわかる。
凄いよ。これ。
日本人でよかった。
発明してくれた人、ありがとうございます。

壁のボタンを押して、また2人に来てもらう。
車椅子用トイレなら迷惑かけずに済むと思ったけど、逆だった。
汚れた尻を拭いてもらう必要はなかったけど、移動が大変。
忙しい看護師さんに迷惑をかけてしまった。
申し訳ない。

次回からまた、ポータブルトイレを使わせてもらいます。
汚くてごめんなさい。
いつも、ありがとうございます。

車椅子で売店へ。

妻が来てくれた。
個室で使うものを買いに、車椅子で売店へ行く許可をもらった。

妻に押してもらってエレベーターに乗る。
1Fの売店に着いた。

えっ?!
一気に目に飛び込んできた色彩にびっくりして、声を上げてしまった。
「どうしたの?」
この、並んでるお菓子の色が鮮やかすぎて、目がついていけないんだ。

こんなに、色鮮やかな世界に居たんだな。
病室に2週間いただけなのに、違う星から帰って来たみたいだ。
戻って来れて、よかった。

ベッドからテーブルの物が取れるように、マジックハンドを買う。
これも、鮮やか過ぎるでしょ(笑)

「売店へ来れるようになって、良かったね。」
ホントに。

いっぱい迷惑かけてゴメン。
リハビリ頑張るよ。絶対歩けるようになるからね。
もうしばらく、よろしくお願いします。

医療ソーシャルワーカーさん。

一般病棟の病室は、個室にして良かった。
妻への連絡や転院の打合せが、他の患者さんに迷惑をかけずにできる。

「失礼しまーす。具合いかがですか?」
ソーシャルワーカーさんが来てくれた。
50台後半かな。親切そうな女性。転院先の手配をしてくれる方だ。
おかげさまで、大分良くなりました。

大学病院は急性期専門。
EICUを出たら早急に、回復期の病院に転院しなきゃならない。
紹介された病院の中から、自宅に近いリハビリ専門病院を希望した。

「OKいただきました。抜糸が済んだら、受け入れてくれるそうです。」
ありがたい。

抜糸か。痛そうだな。

上司と部下。

会社へお詫びの電話をかける。

ご迷惑おかけしました。

上司「死にそうだって聞いたけど元気そうだな。会社のことは心配するな。治療に専念して、しっかり治してから出社しろよ。」

部下「びっくりしましたよ~。お声聞けて安心しました。こっちは何とかしますから大丈夫です。お大事になさって下さい。」

申し訳ない。ありがたい。

スクールの校長さん。

「来ちゃったよ。」
パラグライダースクールの校長が面会に来てくれた。
LINE見てすぐ来てくれたんですね。ありがとうございます。
コロナ対策で家族しか入れないはずだけどな。
入口で、止められなかったですか?

「うん。それより、大丈夫?」
はい。ご迷惑おかけしました。
「足。動くの?」
動きますよ。
ベッドに寝たまま、エアポンプ付きの両足を少し、動かして見せた。

「よかった。動くね。足。動かせるんだね。」
心から喜んでる表情。
あれからずっと、心配してくれてたんですね。

「歩けるようになるんだよね。」
なりますよ。でも多分飛べるようにはならないので、僕のグライダー、スクールに寄付します。
初心者の方の練習にでも使って下さい。
「わかった。大事に使わせてもらうね。」
お願いします。

僕が墜落してすぐ、インストラクター全員で安全対策会議が開かれたらしい。
難病で闘病中の前校長まで駆けつけたって、グループ LINEで見た。
ちょっと動くだけで全身痛いはずなのに、申し訳なかったな。

6年半一緒に飛んでくれた僕のグライダーとお別れだ。
今までありがとう。
僕はもう飛ばせてあげられないけど、これから入校する誰かが飛べるようになるまで、練習につきあってあげて。
袋に入れられたまま、カビが生えてしまう姿は見たくないから。
僕の分までもう少し、飛んで欲しいから。

点滴。

「点滴外しますね。」
左腕の針が外された。
「もう、これで終わりです。よかったですね。」
ありがとうございます。

両腕が自由になった。もう、点滴しなくていいんだ。
すごい開放感。
嬉しい。

抜糸。

「〇〇さん、抜糸しようか。」
男の先生が2人。来てくれた。
「うつ伏せになれる?」
やってみます。

左側面は、体重がかかると雷みたいな電流が走るから、右側を下にしよう。
顔を右に向けて、ゆっくり身体を右に向けていく。
残った左足に力を入れないように、少しずつ引き上げて、右足の上に乗せる。
右向きに横になれた。あと半分か。
腰を右にひねろうとしたら、背中と腰に痛みが走った。
うっ!

「痛い?」
はい。これ以上は無理そうです。
「僕が支えましょうか。この状態で。」
若手の先生が身体を支える。
「そうだな。もう少し傾けてもらえばいけるかな。〇〇さん、ちょっと頑張ってね。」
はい。

「じゃあ、はじめるよ。」
背中に、ピンセットの感覚。
5年前に首の手術を受けた後の抜糸を思い出した。あの時は痛かったな。
早く終わりますように。

「終わったよ。お疲れ様。」
えっ? もう?
ほとんど痛くなかった。
これで、転院の条件が揃った。
ありがたい。

レントゲン室。

転院日が決まった。明後日の11時。
EICU13日目に一般病棟に移ったから、大学病院入院は全部で18日だ。
長かったな。

「転院先決まったんですね。おめでとうございます。レントゲン室へ行きましょうか。」
ありがとうございます。
ベッドから車椅子への移動は、慣れてきた。
少し支えてもらうだけで、できるようになった。
看護師さんに押されてレントゲン室へ入る。

「骨盤と腰椎の写真撮ります。こちらへご移動お願いします。」
レントゲン室のベッドに手すりはない。車椅子から手を伸ばすには低すぎる。
「私の首にぶら下がってもらっていいですよ。」
小柄な女性の技師さんが言ってくれたけど、正面から抱き着くような形は、さすがに躊躇する。
技師さん二人に両側から支えてもらって、台に座れた。
容赦なく固い。ゆっくり仰向けに寝てみたけど、背中も腰も足も痛い。

「ベッド動きます。」
位置調整で動く度。止まる度に衝撃を感じる。
こんな小さいショックで、いちいち痛いんだな。自然に顔が歪む。

「次は、左を下にして横を向いて下さい。」
左は痛いので、右でもいいですか?
「じゃあ、右で。」
ゆっくり右に向こうとすると、技師さんが左足を動かそうとしてる。
あのっ、すみません。動かされると痛いので、自分で動きます。ゆっくりでごめんなさい。自分でやらせてください。

待ってくれた。

EICUでベッドの角度を電動で起こされてから、自分から伝えるようにしている。
痛みは自分にしかわからない。
病院の人でも、言わないと伝わらないんだ。

パンツ。

その夜。病室のベッドで考えていた。
もう、パンツ履けるんじゃないかな。

おむつから紙パンツに替えたばかりだけど、普通のパンツを履きたい。
左腕の点滴が取れて両手が使えるし、やってみよう。

仰向けのまま、紙パンツを下ろす。
マジックハンドで引っ掛けて、足元へずらす。
脱げた。
ベッドサイドからパンツを取り出して、マジックハンドで足元へ。
右足の親指で挟んで、開いて、左足を入れる。
右足を入れて、マジックハンドで引っ張り上げる。
もう少しで手が届きそう。届いた。
少し腰を浮かせて、引っ張り上げる。
履けた!

久しぶりの綿の肌着。
感触に感動してる。
やっぱり、パンツは綿がいいよな。
普通の人に戻れたみたいだ。
嬉しい。

うつ伏せ。

調子に乗って、考えた。
もしかしたら、「うつ伏せ」だってできるかも。
個室に一人なんだから、どんなに時間かかってもいい。
痛くて無理なら、途中でやめればいい。
やってみよう。

仰向けからゆっくり、右へ倒していく。
抜糸の時は、ここで痛くなったよな。慎重に行こう。
ゆっくりでいい。少しずつでいいんだ。
右膝の上に乗せた左膝を、ゆっくり右へずらしていく。
布団に着いた。
左手で支えて、右足を抜いていく。
抜けた!できた。うつ伏せになれた。
胸が、布団に着いてる。
頬に感じる布団の感触に感動。久しぶりだな。

先生の前ではできなくても、一人でゆっくりやればできたりするんだな。
こうやって、すこしずつ増やしていけばいい。できること。
大丈夫。絶対よくなるさ。

シャワー室。

明日、大学病院を出る。いろいろあったな。
痛かったし、辛かった。
でも、たくさんの人に助けてもらった。ありがたいな。

「退院おめでとう。身体洗ってあげるわ。」
50代後半かな?初めての看護師さんが、シャワー室へ連れて行ってくれた。
退院の前日に洗体してくれるらしい。知らなかった。

車椅子で脱衣所へ。服を脱いでシャワー専用の車椅子に乗り換える。
当たり前だけど、全裸だ。
看護師さんが、頭から足の先まで洗ってくれる。
恥ずかしいけど、もう慣れた。

「大きい手術したんやね。痛かったろうに。よく頑張られたな。」
背中の手術傷を優しく洗ってくれてる。
温水のシャワーが気持ちいい。
お湯で身体を洗うって、贅沢だな。

バスタオルで身体を拭いて、ドライヤーで髪を乾かしてくれる。
洗いあがりの肌がさっぱりして気持ちいい。天国だな。

リハビリ頑張れば、自分で洗えるようになるかな。
今日はシャワーだったけど、いつかは湯船に入れるかな。
また一つ、目標ができた。
頑張ろ。

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