荷重練習。
【平行棒】右足で往復。
翌朝、右尻と太ももの筋肉痛は少し和らいでいた。
T塚さんに支えられて、車椅子に移れた。リハビリ室に来れた。
一昨日と同じ平行棒。
「一段、高くしてみましょうか。」
はい。
車椅子から平行棒を掴んで、右足で立ち上がる。
「向こうまで行ってみましょうか。」
左足を曲げたまま、右足と両腕で前に進む。
できた。平行棒の端まで行けた。
「戻って来れますか?」
曲げた左足が平行棒の支柱にあたらないように注意して、右足だけで身体の向きを変える。
できた。車椅子に向かって両腕と右足で進む。
戻って来れた。
「できましたね。一旦、車椅子に座りましょう。」
反転して車椅子に腰を下ろす。息が上がってる。
たった3m往復しただけなのに、すごい運動した気分だ。
でも良かった。リハビリ再開できた。
また1歩、前に進めた。
【平行棒】左足接地。
翌日のリハビリ室。T塚さんが、平行棒の間に体重計を置いた。
「体重がかからないように気をつけて、左足を置いてみましょうか。」
はい。
返事したけど、カミナリみたいな電流が怖い。
平行棒を持った両腕と右足で全体重を支えたまま、曲げた左足を伸ばしていく。
左足先に体重計の冷たさを感じる。
ゆっくり、少しづつでいいんだ。
自分に言い聞かせながら、踵までつけていく。
できた。左足を体重計に置けた。
加重ゼロ。足裏を付けただけだ。
痛くない。
「明日から、少しづつ左足に体重をかけていきます。頑張りましょう。」
痛そう。できるかな。不安だな。
【平行棒】左足荷重3kg。
次の日のリハビリ室。
T塚さんが平行棒の間に体重計を置いて、僕を見る。
「骨盤のプレート接合手術から3週間経ちましたので、今日から左足に体重をかけていきます。
〇〇さん、体重何kgですか?」
78kgです。
「じゃあ、今週の目標は26kgです。体重の1/3ですね。」
26kg。
そんなに荷重したら、左足全体に強い電流が走るだろうな。
本当に、カミナリみたいな電気が走るんだ。感電するみたいに。
エアコンの風で「くしゃみ」しただけでなるのに…。嫌だな。
でも、やらなきゃいけないよな。
「今日の目標は3kgです。少しづつ、左足に体重をかけてみましょう。」
はい。
体重計を睨む。
地雷に見える。
ここで出会った骨盤骨折の彼女を思い出した。
「えっと。今日、20kgですよね。いけるかな。痛そう。こわーい。」
彼女がやってたのは、これだったんだ。
20kgってことは体重の半分くらいだろう。
怖いよな。
頑張ってるな。
負けてられないな。
覚悟して、左足に体重をかけていく。
200g、500g、800g、1kg。
怖いな。
1.2kg、1.5kg、1.8kg、2kg。
足が、痺れてきた。
自分ではもう、ずいぶん荷重してるつもりなのに、まだ2/3か。
あと1kg。いけるかな。
2.2kg、2.5kg、2.8kg、3kg!
いけた。
感電しなかった。
「いけましたね。ゆっくり戻してみてください。」
はい。
少し休んで、もう一度3kg荷重。
2回目は、怖くなかった。
凄いな。
本当に、手術から3週間経ったら荷重できるんだ。
リハビリ計画って、今までのたくさんの患者のデータからちゃんと計算されて組まれてるんだな。
ありがたい。
一週間以内に26kg。できそうな気がしてきた。
また一歩、前に進めた。
大丈夫。きっと、歩けるようになるさ。
頑張ろ。
【車椅子】左のフットレストを降ろす。
リハビリ室から病室に戻って来た。
3kg荷重出来たからか、気分がいい。
壁を一つ乗り越えたような気がする。嬉しい。
1週間以内に26kgまで荷重するなら、普段の入院生活でも左足荷重した方がいいよな。
今日は金曜日。
土日はPTさんの休日だから、次にリハビリ室に行けるのは3日後だ。
月曜日に1kgでも多く荷重できるように、自分でできることはやってみよう。
車椅子の左のフットレスト。
左足に体重がかからないように、前に投げ出すように角度をつけていたのを、看護師さんに戻してもらう。
座った時の足の高さが左右同じになった。
降ろした左足に血液が流れて、ジンジンする。
筋肉が衰えた左尻に体重がかかって痛いけど、しばらくこれで頑張ってみよう。
大丈夫。なんとかなるさ。
【洗面台】歯磨き。
左足を降ろしたら、洗面台に行ける気がした。
手を洗ったり、食後の歯磨きも自分でできるかな。
洗面台の端に、車椅子用に一段低くなっている蛇口があった。
あれなら、届くかも。
ブレーキをかけて、手を伸ばす。
届いた。
蛇口を回して、水を出す。
流れる水の感触。冷たさ。久しぶりだな。
食事の後、プラスチックのコップに水を注いで口に含む。
歯磨きできた。嬉しい。
自分でできるって、いいな。
【ポータブルトイレ】自分で尻を拭く。
ポータブルトイレ。
左足を床につけて、左右均等に座ってみる。
左の尻と腰が痛い。まだ均等はムリだな。
右のアームレストに肘をついて、右側に傾ける。
両足は床に着いてるから、左手が使えるはず。
自分で尻を拭けるかな。
左手で紙をとって、後ろに廻す。
届きそう。届いた。
拭けた!
次はパンツか。
自分で上げられるかな。
右腕でアームレストを握り直して、右足を踏ん張る。
膝下に降ろされたパンツに左手を伸ばす。
もう少し。届いた。
指を引っ掛けて、持ち上げる。
膝を通して、便器まで来た。
右足と右腕で腰を浮かせて、左手でパンツを引っ張り上げる。
できた。自分で履けた!
嬉しい。思わす目を閉じて、長い息を吐く。
ナースコールを押す。
「あっ、パンツ履いてる。お尻もご自分で拭けたんですね。良かったですね。」
ありがとうございます。
看護師さんに褒めてもらえると、更に嬉しい。
子供かよ(笑)。
【車椅子用トイレ】
ここまで来たら、やっぱり、水洗トイレでしたい。
あの、病院のトイレ。行ってみてもいいですか?
「いいですよ。」
看護師さんに支えてもらってベッドから車椅子へ移動する。
痛いけど、慣れてきたな。
車椅子用トイレにドアはない。
カーテンが閉まっていれば使用中だ。
開いている個室。便座の近くに車椅子を寄せて、ブレーキを引く。
看護師さんがサポートしてくれるけど、できるだけ自分で移動してみよう。
右手をトイレの手すりに伸ばして握る。
左手で車椅子のアームレストを握って、右足で腰を浮かす。
左手を手すりに移動して、腰を回転。
座れた。
「パンツ降ろしましょうか?」
いえ、自分でやってみます。
「できなかったら無理しないで、呼んでくださいね。」
ありがとうございます。
カーテンが閉まった。
左の腰を浮かせて、パンツを下ろせた。
久しぶりの個室。
誰にも見られずに排便できるって、いいな。
ボタンを押したらお湯が出た。久しぶりの感触。
そうそう、コレだよ。
お湯で尻を洗えるなんて凄い。贅沢過ぎる。
天国だな。
紙で拭いて、パンツを上げてからナースコールを押す。
「できましたね。」
微笑んでくれた。
車椅子トイレの使用許可が出た。
ベッドから車椅子、車椅子から便器への移動は看護師さんの支えが必要だけど、
朝食後から消灯までは、病院のトイレが使える。
便器に座ってる間ずっと痛いけど、嬉しい。
【ストレッチャー風呂】自分で身体を洗う。
風呂は週に2回。
ストレッチャーに仰向けに寝たまま脱衣所に運ばれて、3人がかりで服を脱がされる。
全裸で寝たまま浴室へ。
全身にお湯をかけてもらった後、ボディーソープの付いたタワシタオルを胸に置いてくれる。
全部、自分で洗ってみます。
宣言した。
前回洗ってもらった足。
寝たまま膝を曲げて足先まで。届くかな。洗えるかな。
「届いたね。」
「洗えるね。」
「すごいね。」
嬉しい。
寝たまま宙吊りにされて、湯船に浸けられる。
お湯に身体が浮いて、重力から解放されていく。
慢性的に痛い右腿の筋肉痛が、お湯の中では和らぐ。ほとんど感じない。
今、どこも痛くない。
それだけで、天国だ。
リハビリ病院の土日は、静か過ぎる。
土曜日、日曜日はリハビリ室が休み。病院全体がシーンとしている。
休日出勤の会社みたいだな。
病室から出れない頃は思わなかったけど、リハビリ室に通い始めると平日との違いを強く感じる。
静かすぎる。
時間が経つのが遅い。
それでも、できることをやろう。
ベッドから車椅子への移動ぐらい、一人でできるようになりたい。
痛いけど、左足に荷重するんだ。
【平行棒】26kg荷重。
月曜日。リハビリ室が開いた。病院の空気が動き出した。
平行棒の真ん中。体重計に左足を乗せていく。
1kg、 3kg。 ここまでは先週できたんだ。今日はどこまで行けるかな。
5kg、10kg。 ふくらはぎの筋肉が熱くなってきた。でも、まだいける。行けそうだ。
「10kgで一旦止めましょう。」
T塚さんの声がかかった。
少し休んで、息を整えて、もう一回。
体重計の針が、10kgまで来た。
15kg、20kg。 膝、太ももまで圧を感じる。傷ついた外側の神経に痛みが走る。
25kg。 痛みが左足全体に広がってきた。でもあと1kg行きたい。もう少し。
26kg。 いけた!
荷重を抜いていく。左足全体が、腿まで熱くなってる。
「おめでとうございます。いけましたね。」
T塚さんの嬉しそうな表情。
仕事とはいえ、本当に喜んでくれるんだな。
嬉しい。
ピクピク動く。
病室のベッドに戻って、仰向けに横になると、左足がピクピク動き出した。
痙攣じゃない。脈動っていうのかな。初めての感覚だ。
女子高生みたいに細くなった左足。
膝の裏あたりの血管がピクピク動いている。血が流れてる。
ふくらはぎの筋肉も、ピクピクし始めた。
ずっと固定されて使われなかった筋肉に、栄養が流れてるんだな。
左足の外側、傷ついた坐骨神経が一緒に動いて痛い。
けど、嬉しい。
人の身体って、凄いな。
ちゃんと、治ろうとしてる。
ありがとう。頑張るからね。
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